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臼井二美男(義肢装具士)の経歴や年齢と出身高校は?勤務先や年収も調査

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こんにちは、シュウです。

 

11月にドバイで開催されているパラリンピック陸上の女子走幅跳で見事・初優勝した中西麻耶さん。

すでに2020年東京パラリンピックの出場内定も決め、中西さんは4度目のパラリンピックになります。

 

その中西さんが右足を失い失意な中で、義足で走れるようになりさらには日本代表選手にまで成長できたきっかけは、義肢装具士の臼井二美男さんとの出会いでした。

 

臼井二美男さんは、多くの切断障害者たちを走れるようにできるゴットハンドの持ち主。そして意外と波乱万丈な経歴を送っていました。

 

それでは、臼井二美男(義肢装具士)の

  • 経歴や年齢と出身高校
  • 勤務先や年収

を中心に調査してみたいと思います。

臼井二美男(義肢装具士)の経歴や年齢と出身高校などのプロフィール

 

それでは簡単に、臼井二美男さんのプロフィールを見ていきましょう!

  • 生年月日:1955年生まれ
  • 年齢:64歳(2019年現在)
  • 出身地:群馬県前橋市
  • 出身高校:群馬県立前橋高校

 

臼井さんは、前橋高校を卒業後、都内の私立大学文学部に入学しますが、中退。その後は8年間のフリーター生活を送ります。

 

28歳で財団法人鉄道弘済会・東京身体障害者福祉センター(現:公益財団法人鉄道弘済会・義肢装具サポートセンター)に就職。以後、義肢装具士として義足製作に。

 

1989年に通常の義足に加え、スポーツ義足の製作も開始。

1991年、切断障害者の陸上クラブ「ヘルス・エンジェルス」を創設、代表者として切断障害者に義足を装着してのスポーツを指導。

 

やがてクラブメンバーの中から日本記録を出す選手も出現。2000年のシドニー、2004年のアテネパラリンピックには日本代表選手のメカニックとして同行。

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臼井二美男(義肢装具士)の勤務先や年収

臼井さんの勤務先は、現在も「公益財団法人鉄道弘済会・義肢装具サポートセンター」で、切断障害者の陸上クラブ「ヘルス・エンジェルス」の代表として、支えています。

 

義肢装具士とは・・・

義肢装具士は法律上、「医師の指示の下に、義肢及び装具の装着部位の採型並びに義肢及び装具の製作及び身体への適合を行うことを業とする者」と定められています。

医師の処方に従い患者さんの採型や採寸を行い、これを元に義肢装具を製作して、病院などで適合を行います。

モノづくりのイメージが強い職業ですが、実は、コミュニケーション・スキルが重要です。患者様一人ひとりに適した義肢装具をデザインするため、患者様はもちろん、他のメディカルスタッフにも、コミュニケーションを通じて様々な情報を収集する必要があります。医学知識や製作技術に加えて、豊かな人間性が求められる職業です。

 

また、気になる臼井さんの年収ですが、基本的に平均年収は300~400万円以上(月収:約18~30万円)とされているようです。

 

義肢装具士は、国家資格を持ち医学の専門知識や義肢を作る高い技術を必要としているので給料も高いと思われがちですが、どうやらそうではないみたい。

 

そして、勤務先や雇用形態によってもちろん異なりますが、多くは同じ現場にいる理学療法士や作業療法士と比べて低めの設定になっています。

 

なので、高い給料を求めるというよりは、自身が作成した義肢、装具で人生を変わっていく姿を見て、やりがいを感じるという人が多いようですね。

臼井二美男(義肢装具士)の経歴や年齢と出身高校は?勤務先や年収も調査のまとめ

今回は、臼井二美男(義肢装具士)の経歴や年齢と出身高校は?勤務先や年収も調査について書いてきました。

 

義肢装具士は、高い給料を求めるというよりは、自身が作成した義肢、装具で人生を変わっていく姿を見て、やりがいを感じるという人が多いようです。

 

そんな素晴らしい仕事についた臼井さんは、切断障害者の陸上クラブ「ヘルス・エンジェルス」を創設、代表者として切断障害者に義足を装着してのスポーツを指導

そして多くの日本代表選手を育ており、日本の陸上界にとって欠かせない人材ですね。